欅坂46 (けやきざかフォーティーシックス) が、
2019年02月27日、CDシングル『黒い羊』をリリースします。
1曲目に収録されている
新曲「黒い羊」について。
センターは平手友梨奈か!?と囁かれています。
今回は、「黒い羊」の
歌詞の意味を考察し解説します。
「黒い羊」の歌詞の意味については、
親しみやすくするために
主人公の言葉や気持ちを代弁する形をとっています。
PV(YouTube動画)は
歌詞の下に設置しています。
それでは、さっそく見ていきましょう。
欅坂46「黒い羊」歌詞
黒い羊 作詞 秋元康
作曲 ナスカ信号は青なのかそれとも緑なのかどっちなんだ?
あやふやなものははっきりさせたい
夕暮れ時の商店街の雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って 遠回りして帰る放課後の教室は苦手だ
その場にいるだけで分かり合えてるようで
話し合いにならないし
白けてしまった僕は無口になる
言いたいこと言い合って解決しよう
なんて楽天的すぎるよ誰かが溜め息をついた
そう それが本当の声だろう黒い羊 そうだ 僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば 止まってた針はまた動き出すんだろう?
全員が納得するそんな答えなんかあるものか!
反対が僕だけならいっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が居心地悪くなる
目配せしている仲間には僕は厄介者でしかない真っ白な群れに悪目立ちしてる
自分だけが真っ黒な羊
と言ったって同じ色に染まりたくないんだ薄暗い部屋の明かりつけるタイミングって一体いつなんだろう?
スマホには愛のない過去だけが残ってる
人間関係の答え合わせなんか僕には出来ないし
そこにいなければよかったと後悔する人生の大半は思うようにはいかない
納得できないことばかりだし諦めろと諭されてたけど
それならやっぱ納得なんかしないまま
その度に何度も唾を吐いて
噛みついちゃいけませんか?No No No No
全部 僕のせいだ黒い羊 そうだ 僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば 止まってた針はまた動き出すんだろう?
全員が納得するそんな答えなんかあるものか!
反対が僕だけならいっそ無視すればいいんだ
みんなから説得される方が居心地悪くなる
目配せしてる仲間には僕は厄介者でしかない
わかってるよLa La La…
白い羊なんて僕は絶対になりたくないんだ
そうなった瞬間に僕は僕じゃなくなってしまうよ
まわりと違うそのことで誰かに迷惑かけたか?
髪の毛を染めろと言う大人は何が気に入らない?
反逆の象徴になるとでも思っているのか?
自分の色とは違うそれだけで厄介者か?Oh
自らの真実を捨て白い羊のふりをする者よ
黒い羊を見つけ 指を差して笑うのか?
それなら僕はいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう
欅坂46「黒い羊」歌詞の意味を解説
僕はいつも思っていた。
信号の色は、他人は「青」だと言うけれど、
僕には「緑」にしか見えないんだ。
いったい、どっちだって言うんだ?
あやふやなものを、はっきりさせたいと思うのは、僕だけなのか?
夕暮れ時の商店街は、人が多すぎて邪魔で、
そんな道を通り抜けることが面倒で、
踏切を渡って遠回りする僕は、変わっているんだろうか?
放課後の教室は、長く居たくない。
その場にいるだけで、解り合えている気でいるなんて無意味だ。
話しあいになんてならないし、白けてしまった僕は無口になるしかない。
言いたいことを言い合って、それで解決しようなんて、馬鹿じゃない?
誰かが、ため息を吐いた。僕は見逃さないよ。
だってそれが、本当の声なんだから。
僕は神様に見捨てられた、黒い羊なんだ。
そうきっと、僕さえいなくなればいいんだ。
そうすれば、止まっていた時も動き出すって、君は思ってるんだろう?
でも、僕は言うよ。
全員が納得する、そんな答えなんかあるもんか! ってさ。
はったりだって思ってくれてかまわないよ。
でも、僕だけだったら、無視するだけでかまわないだろう?
その他大勢から説得される方が、よっぽど居心地が悪くなるよ。
目配せして、解り合えるような仲間には、僕は厄介者でしかないこと、
僕は知っているからね。
真っ白な羊たちに紛れて、悪目立ちしている真っ黒な羊。
それが僕だけだって知ってても、僕は白くなんてなりたくない。
その他大勢と同じ色になんて、染まりたくないんだ。
僕はいつも思っていた。
薄暗くなっていく部屋の灯りをつけるタイミングって、
決まっているのかな? だとしたら、いったいいつなんだろう?
手の中で青く光るスマホには、愛のない過去しか残ってないし、
人間関係の答え合わせなんて、出来るもんじゃないって知ってる。
ただ、その場所にいなければよかったと、後悔するだけ。
人生の大半が、思うようにいかないことには慣れている。
大人が言う一般常識なんて、納得できないことばかりだし、
口答えしたって、それが常識って高圧的にいわれるだけ。
だから諦めようと「シカト」してやってるのに、放っといてくれない。
だったら、納得できないまま、納得できないと感じるたびに、
何度だって唾を吐いて、噛みついたっていいじゃないか!
あぁ、でも違う、それもこれも違う。
本当はきっと、全部僕のせいなんだ。
だって僕は、神様に見放された、黒い羊。
そうだよ、僕さえいなくなればいいんだ。
そうすれば、止まっていた時だって動き出すんだ。
はったりだって、思えば良いよ。説得なんて、余計なお世話。
余計に居心地悪くなるばっかりだ。
他人の言葉に目くばせするような奴らにとって、
僕は厄介者でしかないこと、僕はちゃんとわかっているんだから。
神様に選ばれた、白い羊?
たとえそうだとしても、僕は絶対になりたくない。
そうなった瞬間、僕は僕じゃなくなってしまうから。
まわりと違うからって、僕が誰かに迷惑かけたかい?
髪の色が違うくらいで、大人は何が気に入らないって言うんだ?
髪の色ひとつで、それが反逆の象徴になるなんて、笑っちゃうね。
自分とちょっと違うだけで、厄介者扱いなんてさ。
自分の中に確かにある、自分だけの真実を見捨てて、
自分が淘汰されないために、自分を捨てた白い羊が、
黒い羊を、指さして笑うつもりかい?
だったら僕はいつだって、いつまでだって、
黒い羊のままで、悪目立ちすることを選ぶよ。
最後に
羊のシンボリズムについて、
ユダヤ教やキリスト教において、羊は大きな象徴性を有する動物です。
新約聖書においては、神様は羊飼いに、民は羊にたとえられています。
ルカによる福音書では、救われるべき魂が、羊にたとえられています。
そして、イエス・キリストは「神の小羊」と呼ばれています。
では、黒い羊が、もしいるとするならば、
どんな象徴として捉えるべきなのか、聖書に答えはありません。
でも、「白い羊」という言葉は何度か出てきますから、
黒い羊は、神様が見放す象徴のように思えたのでした。